映画日記blog

見た映画その他についての日記です

「逃げ去る恋」

けっこうドワネルさん、だらしないようでモテモテなんだよなあ。 マリー=フランス・ピジェが出演だけでなく脚本にも参加している。

 

これまでのジャン=ピエール・レオ主演のフランソワ・トリュフォーの自伝的映画のしめくくりとあって、出演作そのものの抜粋がかなり引用される。

 
 
 

 

 

「家庭」

「家庭」


女性の脚が石畳を往復するオープニングでじいっと脚をみつめるカメラが監督フランソワ・トリュフォーの目と一体化しているのは「恋愛日記」と一緒。

果物屋とポスター売りの両方相手にマドモアゼルではなくマダムですと断るのが「夜霧の恋人たち」では恋人役だったクロード・ジャドが今回は結婚している設定に見合っている。

 

アパルトマンが古くてエレベーターがついていない。

管理人がスケベな視線丸出しで新婚のクロード・ジャドを見ている。

 

アントワーヌ・ドワネル=ジャン・ピエール・レオが「母の日なんてナチの発明だ」なんて暴論を吐いたりする。日本の生け花について言及したりする。

着物姿の日本女性がの松本弘子が楚々としているようで初対面でキスするのにいささか驚いたようす。
松本は森英恵の紹介でピエール・カルダンに見出されパリコレでデビューした二人目の日本人女性。
 
日本公開がいったんパスされたのはヘンな日本がちらっとだが出てくるからだろうが今だと逆にウけたりして。
勝手にしやがれ」なんてメモが日本語で書かれている。
 
幼児に離乳食を与えているジャドの見た目で花がオブジェクト・アニメでぽたぽた落ちる。トリュフォーの映画でこんなカットあったかな。
 
ルドルフ・ヌレエフのポスターを買う場面があるが、この映画が製作されたのは1970年、ヌレエフが東側から亡命したのが1961年なので、すでに評価が定着した頃と思われる。
 
息子ふたりを持つことになるアントワーヌ・ドワネルとは違い、トリュフォー自身は子供は娘三人。
 
レオが「シャイニング」ばりにハンマーをふるって壁を破るシーンがあるが、かなりショボい壁。
 
 
 

 

 
 

「スタントマン 武替道」

スタントマン 武替道
冒頭からしばらくはジャッキー・チェン監督主演の「ポリスストーリー」を彷彿とさせるデパートでの立ち回りが続く。
香港映画についてかなり自虐的なセリフが交わされるが、ジャッキーが今どうなっているか知らないではない身としては香港映画全盛期には今みたいになるとは想像もしていなかった。
一国二制度によって資本主義的な自由さを享受しつつ大きな市場を掌中にできるとかなり本気で思っていた。甘かったと言われればその通りだが。
 
身体を張ったというべきか、無謀なというべきか、とにかく香港映画が(というより日本映画や、欧米の映画を含め未熟な時期の映画界が)人の命を軽く扱っていたのは確かだろう。これをハラスメント全般にまで話を広げたら(広げざるを得ないのだが)
 
 
 
 
 
 
 

 

 
 

「星つなぎのエリオ」

星つなぎのエリオ
予告編を見て、エリオと友だちになるらしいキャラが「ミッキー17」で家畜として飼われている巨大なダンゴムシみたいな姿なのでちょっと生理的な違和感を覚えたが、最終的に可愛く見えるように持っていったのに作り手の腕が見せる。
 
エリオがほぼ全編眼帯みたいなのをしているのも上手く生かした。
 
クライマックスで文字通り鎧っていた姿から柔らかく脆い本当の姿を見せるのが象徴を具体として見せた。
 
エリオの保護者が叔母で母親ではないのはディズニーにはよくある設定。
 
 
 
 

 

 
 

「アンティル・ドーン」

アンティル・ドーン」

限られた場所にやって来た若い男女が次々と殺されていく、どれくらい繰り返されたかわからないパターンもタイムループものと組み合わせることで新機軸を打ち出せた。

イムループが無間地獄っぽくも見える。

 

いかにも怪しげに出てきた雑貨店の店主実はマッドドクターがピーター・ストーメアなのだが、原作になったゲームでも同じ役をやってたらしい。ゲームにはおよそ疎いので全然知らなかったが、それだけまっさらに近い状態で見られた。

R指定を通り越して成人X指定なのだがムリはない。

 

出演者にマイケル・チミノという「ディア・ハンター」の監督と同姓同名(スペルまで同じ)の人がいる。顔は「死霊のはらわた」のブルース・キャンベル似。監督の方は故人だし、問題にはならないのだろう。
 
 
 
 

 

 

「入国審査」

「入国審査」
取り調べる職員があたまからストーリーを作ってそれに尋問されるふたりを当てはめるというのは、いかにも官憲がやりそう。
日本の入管などもっと陰険だろう。
 
ふたりが事実婚で法的には結婚していないというあたりからじりじりと薄皮を剥がすように事情をわからせて、しかし中途半端なところでいきなり断ち切るように放り出す。放り出された方はたまったものではない。その後も感情のもつれは当然続くだろうし、知らなくて済んだことを知らされるのだから。
 
取り調べる女の職員を演じるローラ・ゴメス自身はニュージャージー州生まれのドミニカ育ちというから、調べられるふたりに南米出身でスペイン語話者という経歴がだぶる。
 
エンドタイトルを除いて全編音楽は使われず効果音だけで、工事しているような音が神経を逆撫でする。
 
 
 
 

 

 

「夜霧の恋人たち」

夜霧の恋人たち

ディテール、細かいところを味わう性格の映画。

ジャン=ピエール・レオが軍隊からダメ兵士の烙印を押されておっぽり出されるところでヤケ気味に笑っているのに始まって、娼婦を買おうとしたら口にキスは嫌とか髪に触らないでとか言われてあっさりあきらめたり、あまり美人でない女の後ろ姿を追うと警察に通報されたりと気が弱いダメダメぶりが可笑しい。

 

トリュフォーの自伝的作品なわけだが、初期の「大人はわかってくれない」に比べるとかなり余裕が出ている。